橋をかける
もうすぐ普通自動二輪の免許が取れる予定になっている。日曜やシテンの後で週に2、3日のペースで武蔵境に通って早いものでひと月くらいが経った。普段電車には全然乗ることがないから、片道1時間かける道中では自分の行動範囲では見かけることのない雰囲気の人を見る新鮮味だったり、中央線の車窓から眺める景色に懐かさを感じたりしてる。
普通自動二輪教習は19時間あるから通うの厳しそうだと思ってなかなか踏み出せなかったけど、いざ通ってみたらあっという間で残すはあと2日の教習と検定だけ。こういう教室みたいなとこで知らない人と話すのも楽しいし、はじめはクラッチ操作全然掴めなくて毎回発進がガクッとなってたのがスムーズになったり自分に新しい能力がついてる感覚があるのも楽しい。身体で何かを習得すると何か全能感みたいなものが湧き出てくる。出来なかったことが出来るというのはまんま脳の報酬系と実感できて、はじめて自転車に乗れるようになったときの感覚に近い。
教習は1日に2コマしか受けられない決まりがある。連続で2時間、炎天下の中バイクに乗り、往復も2時間電車。多分そのせいで最近めちゃくちゃ疲れていてすぐ寝てしまう。自分が遠くに通ってるのが悪いけど、早番が結構辛い状態だからこの疲れからも開放されて欲しい。
2時間でこんなにきついのに毎日1日中教えてる教官達は相当大変だと思う。二輪教習は7-9月の間11-16時の間は教習がないのだけど、これからもっと暑くなると思うと教官達が心配にもなる。マンツーマンに近い形で教えてくれて自分のために(根本はお金のためかもしれないが)的確なアドバイスで時に面白くノウハウを教えてくれるという体験も凄く楽しく感じている。毎回違う教官でそれぞれの個性も感じられるのも楽しい。それと、他の教習生と話すのもいい。一応自分も仕事柄色んな人とは喋っているけど、あくまで店の人としての立場だから同じ立場の素性の知らない人と話すというのも楽しい。
店を始めてからもこれまで資格はいくつか取ってきたけど、職に関する資格のせいかコーヒー屋から転職もできないし、タイミーみたいにやらせてくれるわけでもないから資格をとっても電気工事士以外は何もかわらないなという感じだった。しかし今回のの免許はまだ取ってもないのに、このところオークションで中古のバイクを眺める時間が増えている。バイクに関してはホンダのデザインが好きっぽく、DAX 125をウォッチリストに入れてる。街の中でも色々なバイクにも目が行くし、今までは空気のように素通りしてたであろうバイクショップを見ても、この先世話になるかもしれないと場所を把握したりしている。
そうやって知らなかった場所への橋をかけることは意外と簡単で、単に何か始めればいいだけというのは何故か今回のバイク教習で凄く思った。バイクの免許を取りたいというのは高校の頃から思ってたけど親に止められて、もうこの人生でバイクは無縁なことと思っていたから余計に感じているのかもしれない。やっとこの歳で反抗というのもダサいが、思い切ってやってよかった。(意外と高いからズルズルと数年踏み出せなかったのは反省点)
昔よく、「自分が変われば世界は変わる」みたいな標語というか言説を見かけた記憶がある。自分はそれを、嫌なことがあっても悲しんだり怒ったりしないとか考え方とか性格を変えると世界の見え方が変わると言ってるのだと捉えてて、そんなん無理ってなって忘れてたけどこれを書いてて思い出した。これは何かやると世界が広がるよってことだったのかもしれない。
普段の生活をしてて多少苦労しててもその苦労には慣れてしまうし、忙しくしてたら閉塞感みたいなことも感じる余裕ないだろうけど、何かやってみると少しは自分の生きる世界が広がると思う。やるというと敷居が高いけど、例えば映画か何かで操り人形を見て興味を持って、飯田橋に専門店があることを知り、チェコで人形劇見てみたい!(そういう流れでプラハの劇場で観た)くらいの事だったり。語学もいい。語学は会話においては勉強というかは運動みたいな感じがしててやりやすい。
きっとコーヒー屋に行って色々観察するというのもそういう知らなかったことに会う気軽な手段だったりもするので、そういうつもりでコーヒー屋に行くのも良いですね。
2026.8.2