大きな白い城
5月某日、妻が姫路の博物館で珍しい妖怪絵巻が展示されているという情報をXで得て、見に行きたいと言っていた。会期がもうすぐ終わってしまうし、そんなに見たいなら店は出ないでも大丈夫だから行けるタイミングに行ってきたらいいと話していたのだけど、そうこうしているうちに5月も終わってしまった。
妖怪絵巻というのは何でも、『開運!なんでも鑑定団』で高額査定が出たという、とても珍しい代物だということだった。
「姫路かぁ。白鷺城ってことだよな。行ってみたようかな。」
埼玉や群馬、栃木なら日帰りで行くことはあっても、なかなか関西に足を伸ばすような時間が作れなかったのだけど、以前に書いたようにパソコンの仕事を辞めたことで小旅行に行ってもいいじゃないかという考えが浮かんだ。
思い立ったら吉日、ちょっと前に和歌山城を見てから城を見たい意欲も湧いている。休んだ前後の皺寄せは怖いけどシフト的にも1泊なら行けそうだということで2人分の新幹線と宿を予約して姫路に行くことにした。
出発当日、朝はシテンで早番。わりかし混まずに体力を残せた気がする。
昼に買い出しを終えたら遅番のスタッフと交代して、御徒町の駅前で妻と落ち合って東京駅に行った。
普段の移動では電車に乗ることが稀だから、すでにこの時点で少し旅行感がでている。
東京駅につくと新幹線の発車時間まであと15分。予約したチケットを切符の券売機で発券しようとしたらQRコードを読み取る様な画面に辿り着き方がよく分からず、みどりの窓口に並ぶ。数人並んでいたけど時間にはまだちょっと余裕があったから最後尾についた。順番が来て携帯の画面を見せて発券をお願いすると、
「こちらのチケットはここでは発券できないので、あちらの改札を出て左にいった扉の横にある紫色の発券機をご利用下さい。」
と言われてしまった。
新幹線とホテルで多少得になるからと、今回はJTBのサイトで予約していた。こういう時に予約メールだとかを全然確認しないで動いているのが悪いことはわかっているが、今更ながら見直してみると発券機の操作画面の画像つきで発券の仕方が書かれていた。それでも場所はよくわからない。改札に向かいながらもさっきどう言われてたかはっきりせず、改札を出て辺りを右往左往してるとメールにあった画面が出ている機械を発見!ビンゴ。
そうです、無事に券売機を発見して発券できました。
発車まで10分を切っていたからホームまで2人でダッシュ。新幹線に揺られること3時間半。あっという間に姫路について駅の改札を出ると東京とは違って外国人が全然いない。なんだかそれだけで懐かしい気持ちになった。
外に出ると空は曇ってうっすらと雨が降っていた。北に真っすぐ伸びる道の先に城が見えた。

「おぉ、この城は確実に人々に愛されてる。秀吉すごいな。」
そんなことを思った。あと今日することはホテルに行って銭湯に行くだけ。その前に妻がホテルで食べるものを買いたいからデパ地下に行きたいと言った。知らない土地のデパートにある総菜を見てみたいというようなことで何やら土地の食を感じる練り物(揚げかまぼこ)を買ってチェックインした。雨は少し強くなってきていた。

部屋に着くと奥の窓からライトアップされた姫路城が見えた。
明日はあの天守にのぼるから、晴れてくれるといいな。

買ってきたかまぼこをテーブルに広げ、テレビをつけると元気なころの蛭子さんが路線バスの旅をしてる。ちょうど大阪から紀伊半島を回って伊勢志摩に行く回で和歌山を通るからというので、かまぼこを食べながら最後まで見てしまった。
銭湯に行くにはなんだが部屋でまったりしすぎてしまったし雨も降ってるから結局部屋で風呂に入って寝た。
翌朝、目覚めると窓の外には晴れ渡る空をバックにした姫路城があった。
朝食のブッフェも腹一杯に食べ、荷物をまとめてチェックアウトしたら一路博物館へ。
平日の朝という条件もあるだろうけど人が少なくて凄くいい。その辺に苔が生えてたりして涼しげだった。博物館も会期の終わり間近だったけどもそんなに不便なく見ることができた。妻の目的の絵巻物は珍しいものだと言われても、その他の展示物だってそんなに見たことないし河童のミイラとかもあったから自分はそっちの方が面白かった。
神社姫という女性の頭をもつ蛇が疫病を予言する妖怪、そこが原点なのかは若干不明な並びだったけどコロナ禍で流行っていたアマビエがアマビエになるまでの伝言ゲームの間違いなんかは可笑しかった。
展示の最後のところに水木しげるの妖怪入門の本があって、小学生の頃にいとこに読んでもらってたなぁという懐かしみも発生してよかった。

妖怪を見終えると、せっかくだから常設展も見てみると姫路城のことをががっつり展示されていた。実物を見る前に少しは知っておきたいと思って映像を観ていたら2本も見てしまった。今は『豊臣兄弟!』を毎週観ているのもあってかなり解像度が上がったのだけど、博物館を出た時にはもう新幹線まで2時間しか残っていなかった。頭に入れ立てのその知識を持って姫路城を登った。さっきまで見なかったのに流石に外国人観光客が沢山いた。ちなみに、現在の姫路城は秀吉の頃のものではなく池田輝政が築城したものだった。


但馬組が引き受けた8年に渡る昭和の大改修によって白鷺城の姿が蘇った時の総工費は6億だそうだ。現在の価値とは違うのだろうけど、仮に換算して12億だとしても都庁のプロジェクションマッピングが年間約8億と思うとなんだか凄く破格に感じた。秀吉は民のための政をしていたのか、今後の『豊臣兄弟!』が気になる。

2026.6.30